[No.1666]ハマダレポート Vol.280.ー福島浜通りの交通インフラ、全面復旧へー

ハマダレポート Vol.280.2015.9.28

ー福島浜通りの交通インフラ、全面復旧へー

福島浜通りの国道6号線は昨年9月に、常磐自動車道路が本年3月に全線開通しましたが、車を運転されない方々から、「JR常磐線の全線開通はいつになるの?」とのお声を頂いています。

北(仙台)から浪江駅までと南(上野)からは富岡駅までは、帰還時期に合わせ、それぞれ2017年春、2018年春までに復旧することが予定されています。

一方、浪江・富岡間の多くが帰還困難区域で、現在年間50ミリシーベルトを超えるところもあり、復旧の時期が示せない状況にあるのです。

高木経済産業副大臣とともに公明党主導で、昨年の11月に、「JR常磐線復旧促進協議会」を設置して、復興庁、経済産業省、環境省、国土交通省、JR東日本がより連携を密にできる体制を構築

経済産業省による線路内の放射線の詳細実測と、環境省による線路下砂利の全量取り替え等の除染効果のシュミレーションを実施したところ、最大8割低減できることがわかりました。

一方、JR東日本から、事故時の避難誘導や乗務員の被ばく低減対策の観点から、単なるシュミレーションだけでなく、除染の試験施工が提案。

8月18日に協議会の下の検討チーム会合を開催し、8月20日から除染の試験施工が実施されています。

年内に試験施工を終わらせ、結果の分析に入り、東日本大震災・原発事故から丸5年となる明年3月に、全線復旧の目標年次を明らかにしていきたいと考えています。

また、浪江町から要請のあった、踏切や線路下トンネルの拡幅。鉄道が復旧してからではより多くの予算と長期の期間を要することになりますが、町の復興計画も未だ十分に固まっていない段階で充当できる予算は限られている現状・・・・。

しかし、最後は、関係者の「執念」で、いろんな予算を持ち寄って、2年後の開通までに実現できることに!

モノを運び、こころをつなぐ、交通インフラの全面復旧へ、浜田まさよし、全力を尽くします!



[No.1665]9/23党静岡県本部支部会に出席

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 公明党静岡県本部沼津総支部(蓮池章平総支部長=県議)の国政報告会、同富士・富士宮両支部の合同支部会が9月23日、沼津市と富士宮市でそれぞれ開かれ、両会合に出席し、あいさつさせていただきました。
 このうち国政報告会で私からは、今月19日に成立した「平和安全法制」の関連法について「日本を取り巻く安全保障環境が厳しさを増す中で、国民の生命と平和な暮らしを守るために平時から有事まで切れ目のない安全保障体制をつくるためのものである」とその必要性を説明。
 さらに、同法制で日米防衛協力体制の実効性と抑止力が高まるとし、「紛争を未然に防止する『戦争防止法』である」旨を皆様に訴えさせていただきました。
 また、一部に『強行採決』との指摘があることについて、参院でも100時間を超える十分な審議を尽くし、野党3党とは合意を得た経緯を紹介し、今後も、皆様のご理解が深まるよう全力を尽くす決意を述べさせていただきました。

[No.1664]ハマダレポート Vol.279.ー平和安全法制の成立を受けてー

ハマダレポート Vol.279.2015.9.21

ー平和安全法制の成立を受けてー

9月19日未明、平和安全法制が参議院本会議で可決し、成立しました。

国会を大幅延長して衆議院で歴代6位の116時間、参議院でも100時間を超える審議時間。しかも野党の質問時間にそれぞれその8割以上、7割以上を割り当てるなど、「丁寧」な運営を心がけてきました。

しかし、9月17日の委員会採決はテレビでも放映されたように、「騒然」の中で行われました。

何故、「丁寧」な運営を心がけながら、「騒然」たる結末となってしまったのか?

その背景には、自民党議員の問題発言など与党として反省すべき点もありますが、一方、民主、共産、社民などの野党においても与党からの「合意形成」の呼びかけに対し、全く応じる姿勢を示さず、時間切れ・廃案を掲げ続けたことも・・・・。

自衛隊は「違憲」、日米安全保障条約は「廃棄」を掲げている、共産党、社民党が「廃案」を主張するのは「当然」としても、与党経験をした民主党が何故、対案も示せず、「廃案」一色となってしまったのか?

今回の平和安全法制の下敷きとなった日米防衛協力のガイドラインの改定・日米同盟の深化は、実は3年前民主党政権下で米国に提案したものであることを、当時の長島元防衛副大臣が各種インタビューで答えています(2014.10.29朝日新聞デジタル、2015.06.01 nippon.com)

しかし、自民党が憲法審査会に推薦2015した憲法学者が「違憲」と発言するという「失態」に対するマスコミなどの反応に、民主党はこのような現実的」な対応から、「戦争法案」「廃案」一色の物理的抵抗に終始・・・・。

一方、次世代の党、日本を元気にする会及び新党改革の3党とは、参議院の段階で自民、公明は自衛隊の防衛出動の際の国会事前同意を拡大する旨の5党合意を成し遂げ、これらの政党は法案に賛成しました。

我が党を代表した谷合正明議員の参議院本会議での賛成討論。

平成4年のPKO法(国際平和協力法)の国会審議においても、「徴兵制につながる」「侵略容認法案」「憲法の平和主義を蹂躙する」との野党の批判がありましたが、23年を経て今では国民の9割が日本のPKO参加を支持しているという事実を指摘しました。

支援者の皆様が、「平和の党・公明党」と納得していただくため、浜田まさよし、これからも各地で丁寧な説明に全力を尽くします!

(P.S.)9月23日の昼、夜には、沼津総支部、富士・富士宮合同支部会に駆けつけさせていただきます!

[No.1663]ハマダレポート Vol.278ー医療機器産業を柱に福島復興ー

ハマダレポート Vol.278.2015.9.14

ー医療機器産業を柱に福島復興ー

福島県が全国有数の医療機器・部品の生産拠点だとご存じでしょうか?

医療機器の生産額が、10年前は全国10位だったのが、平成25年では倍増して全国3位に。

また、その部品生産や下請けとなる受託生産では、なんと全国1位なのです。

胃や腸の検査だけでなく、開腹せずにポリープの除去手術などを可能にした「内視鏡」。

会津若松市と白河市に拠点を置く、ある医療機器メーカーが、なんと、世界で使われている内視鏡の7割を生産しているのです。

今年の2月に訪問させていただき、その技術・技能の高さに感心しました。

直径0.25ミリのレンズを均一に研磨する技術。指導を受けつつ、若い女性が顕微鏡をのぞきながら必死に取り組んでいました。

「福島の人は辛抱強い」、 その社長さんの言葉です。

政府としてもその増産ラインの支援をさせていただいています。

また、4月には郡山での福島県医療機器開発安全性評価センターの起工式に、復興副大臣として出席させていただきました。

日本では従来から薬事法(現、医薬品・医療機器法)の承認が遅く、欧米で承認がされてから遅れて承認がされるという状況もありました。

大型動物実験を含む、医療機器の安全性評価のための中心拠点として、いよいよ来年度スタートします。

福島県として、「うつくしま次世代医療産業集積プロジェクト」を発表。国も福島特別措置法で、再生可能エネルギー、ロボット産業とともに、3本柱で福島の未来を支援します。

福島の復興からいよいよ再生へ、浜田まさよし、さらに進めて参ります!


[No.1662]新たな挑戦へ

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 毎年2回発行している、浜田通信。
バックナンバーが見たいとのお問い合わせを受け、ネット上でも見れるようにさせていただきました。

 いろんな課題に体当たりで取り組ませていただいた、この12年間の浜田通信を改めて読み返してみて、、つくづく思うことは、支援者の皆様の激励の声に励まされてきたと言うことです。

 初心に立ち返り、新たな挑戦へ。浜田まさよし、全力を尽くします。



浜田通信 バックナンバーはこちらから


[No.1661]ハマダレポート Vol.277.ー子どもたちの笑顔あふれる楢葉町へー

ハマダレポート Vol.277.2015.9.7

ー子どもたちの笑顔あふれる楢葉町へー

9月5日、全町避難で初めて、楢葉町が避難解除になりました。

抜けるような青空のもとの「復興祈念式典」に、高木経済産業副大臣と共に出席させていただき、皆様にご挨拶をさせていただきました(9月6日公明新聞1面)。

会場は福島初の幼保認定こども園であった、「あおぞらこども園」。現在、姉妹都市の会津美里町や近隣のいわき市の幼稚園、保育園に通っている園児たちの「弾ける笑顔」も帰ってきました。

前日の夜の前夜祭。町民の思い思いの言葉が色とりどりのマジックで書き込まれた3000本のキャンドルライト。

「子どもたちの 笑顔溢れる 楢葉町へ  復興副大臣 浜田昌良 」と、赤、青、黒で記し、子どもたちの笑顔の似顔絵をちりばめた私の作品も、全体の「こころ つなぐ ならは」の大文字の中でほのかな灯りをともし続けました。

人口7400名の楢葉町。避難解除前の準備宿泊を登録していたのはその1割。「条件が整えば帰町したい」とする方を含めれば、帰町希望者は40%、未だ迷っている方が35%という現状・・・・。

その「条件を整え」、「帰りたくなる町」に再生していくことこそ、我々政府の責務です。

今年10月、来年2月に楢葉町に相次いで医療機関を再開させます。それまでの間は隣の広野町への地域交通を拡充します。

また、その復興診療所や会場の「あおぞらこども園」の近隣に、複合商業施設、交流館を核として、若い世帯向けの宅地開発を行う、「コンパクトタウン」。復興庁としてその実現を後押しも。

祈念式典では代表の3人の子どもたちの作文が読み上げられました。

今まで不自由な仮設住宅での生活を強いられていた、小学4年生T君の作文。

今日は僕にとって、とってもうれしい日。大好きな自分の家に帰って住むことができる。広い家で犬を飼いたい。」

避難解除は、「ゴール」ではなく、あくまでも「スタート」です。

子どもたちの一つ一つの思いをカタチに、浜田まさよし、さらに全力を尽くして参ります!


[No.1660]9/5楢葉町避難解除記念式典に出席

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 東京電力福島第一原発事故に伴う避難指示が9月5日午前0時に解除された福島県楢葉町で同日、町民の帰還と町の復興を願う式典が開かれました。これには、高木陽介経済産業副大臣(原子力災害現地対策本部長・公明党)と私が出席し、あいさつをさせていただきました。鈴木正晃(まさあき)副知事、松本幸英(ゆきえい)町長のほか、公明党の赤羽一嘉衆院議員らが同席しました。
 高木副大臣は、町民の要望を踏まえ、医療・買い物・飲料水の3分野での追加支援を政府が進めていることを紹介。復興を一日も早く進めるためには、戻りたいと考えている人が一人でも多く故郷に戻れるよう支援していくことが重要だとした上で、「(避難指示解除が)ゴールではなく復興に向けたスタートだ」と強調しました。
 また、高木副大臣は、帰還後の生活や経済の再建を支援する官民合同チームの取り組みに触れ、「皆さまの生業や復興の一助になりたい」と述べました。
 私からは、「楢葉町の復興・再生に向けて、一人でも多くの町民が帰還できるよう、全力で取り組む」と決意を述べました。このほか式典では、楢葉町の新キャッチフレーズ「こころ、つなぐ、ならは、明日へ!!」が披露され、子どもたちによる記念植樹が催されました。
 避難指示解除は、昨年4月の田村市都路(みやこじ)地区、同10月の川内村の一部に続き3例目で、全住民が避難した自治体では初めてとなります。

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